>>565
弦楽八重奏が彼自身と19世紀ロマン派の作品においてきわめて
重要であると言ってる(というか>>539のリンク先の論文で論証されているし、
同時代の重要人物であるロベルト・シューマンもそう言ってる)だけなのだけど。

あなたが言ってるのは「運命」や「第九」の方が「英雄」よりも名作じゃん、
という類の主張で、そりゃ同意しますよ。でも、ベートーヴェンが「英雄」を
作らなかったら、その後の交響曲の歴史はないわけです。
「英雄」に匹敵するほどの音楽史的意義が弦楽八重奏にはある(かもしれない)。

ピアノ三重奏は一番も二番も名曲で、とくに一番は旋律の明快さ、楽器のバランス、
無駄のない構成、といった様々な面から万人受けするピアノ三重奏の最高傑作だと
だといえる。そんなことは、いわゆるメンコン(ヴァイオリン協奏曲)が名曲だと
言ってるのと同じで、全然インパクトがないでしょう。
録音でいったら、カザルスがケネディに招かれたホワイトハウスの演奏会の
歴史的録音に尽きる。「ぶぅ〜」という鼻息抜きには、あの曲をはじめられないw

で、我々の次の興味として、1825年に弦楽八重奏で示した「ロマン派の室内楽・ソナタ形式」の
規範を、1826年の弦楽五重奏第一番、1827年の弦楽四重奏第二番(1番より先の作曲)と、
楽器を減らしていってるプロセスに着目したい。
ちなみに、1829年に弦楽四重奏第一番を書いてから、1837-38年の作品44の三曲まで
10年近くの間を置いてます。38年にはチェロソナタ第一番、39年には
ピアノ三重奏第一番と、堰を切ったように室内楽作品の制作を再開している。

>>566
ヴィオラソナタは1823年の初期作品としては大変幸福で、早くから出版されていた。
>>563-564
日本では葬式でショパンの葬送はほとんどかけないから、これに関しては
珍しくメンデルスゾーンの勝ちですが、欧米では良い勝負でしょうねw