>>496
いいや。このスレを「標題音楽」で検索してくれ。
彼が受けた教育はあくまで古典主義的(しかもベートーヴェンには
否定的でハイドンやCPEバッハに回帰)なのだが、
彼自身が同時代にどう受容されたかといえば、
「夏の夜の夢」「フィンガル」といった標題音楽作家としてであり、
無言歌集をはじめとするピアノの小品の作曲家であった。
これって、ロマン派そのもの。

ウェーバーやシューベルトが歩み始めた道(標題音楽とソナタ形式との融合)を
意識的に完成させたはじめての人だ、と。
そのモニュメント的な作品がスコットランドなのです。

これはロマン的な衝動と、古典的な形式論技術論の両者に知悉しなければ出来ない
作業であった。ベルリオーズやショパン、初期のワーグナーやシューマンは
いわば前者(ロマン)だけの人であり、後者の枠に最後まで留まったのは
ベートーヴェンであった。

ワーグナーとシューマンについて「初期の」と書いたのは、
メンデルスゾーンに触発された後の両者は、ワーグナーは古典を振り返ることを
きっぱり捨てたし、シューマンはメンデルスゾーンの示した方法論を
自分独自のフモールと融和させて、中期後期のシューマンの世界として完成させた。

僕らの大好きな「ロマン派の交響曲」「ロマン派の室内楽」というものは、
こううやってメンデルスゾーンとシューマンの共同作業で出来上がったわけだ。