>>246
あなたは最初から最後まで、ピアノ音楽のことしか語らないから、
話がループするんです。あなたが主張している
「ショパン」を、全て「パガニーニ」に置き換えたら、
ほぼそのまま私が言いたいパガニーニの「技巧と芸術」論になる。

二番の二楽章を聴いてシューベルトが天国の音楽だと述べたわけだが、
そういう音楽から、あなたは「技巧」しか感じ取れないのですか。
あなた個人が「どうもだめ」などと言うのは勝手だが、それは単に
あなたの音楽的不見識を表わしているにすぎない。

で、たとえばフォーレ。フォーレの室内楽や管弦楽を一曲でも聴いたことがりますか?
ピアノ五重奏のどこにショパンの影響があるって?
レクイエムのどこにショパンの影響があるって?
フォーレが室内楽の大作を10曲以上も書いたのは、明らかに師匠のサン=サーンスの影響でしょうが。
こういうソナタ形式の大曲をフランスにもたらしたのは、前から皆さんが議論してるように
メンデルスゾーン→サンサーンスの線です。

あなたは、ピアニストとしての作曲家論しかずっと語らないから、
フォーレだってドビュッシーだって「ショパン系列」になる。
あのですね、簡単にいうと19世紀のヴァイオリンの音楽は「シュポア&パガニーニ系列」なんですよ。
チェロの音楽は「デュポール&ロンベルク系列」。
この方法で、ショパンは簡単に相対化し得る。
ヴィルトゥオーゾの世紀はそうやって開かれたのであって、技巧と「精神性w」が
直結しているのが何が悪い?なぜ切り離して一段高いところに置きたがるのか。