すごいタイミングですが>>171ですが
>>175
メンデルスゾーンのロマンティシズムは二層構造であったことをご理解いただきたいと思う。
表層には、「ロマン派音楽の基礎と規範をもたらした」表面的な意味でのロマン派作曲家と
しての顔がある。その表層においては、彼は不定型よりも定型、逸脱よりも調和を
好んだかのように見えるから、他の無教養な作曲家(13歳になってやっと作曲をはじめた
ワーグナーや、20歳になってやっとプロ意識の芽生えたシューマン)と比べて、
より「逸脱が少ない」という面でロマン主義的ではないという言い方も出来よう(>>175)。
実際、彼はベルリオーズについて「色彩だけでオーケストレーションを抜いたら何も残らない」と
酷評しているし、パガニーニについても技巧に走りすぎていると敬遠している
(クラオタの皆さんはパガニーニについて言及が少なすぎる。ロマン派の成立において、
パガニーニがヴァイオリンで成し遂げたことがピアノのリストなどに伝播しているのだから)。

一方で、>>171に書いた「深層」のロマンティシズムについては、貴殿も>>176で半分解説できているが
(ちなみにイエィツはメンデルスゾーンの死後の人物で、またバイロンよりは明らかにシェイクスピア)、
何よりも考えなければならないのは、このメンデルスゾーンの苦悩は、当時のキリスト教社会で
通常は理解しがたい苦悩であったこと。シューマンの苦悩はこれと比べれば厨二病みたいなもので、
社会から逸脱しなくても誰でも一度は経験するようなもの。その「風土」はネット右翼も共有できる感情。
メンデルスゾーンというか、「バルトルディ」氏は、良き新教徒としてルターを記念して
「宗教改革」を書き、壮大なオラトリオを何曲も書く一方で、誰にも明かせない悩みとして
神との相克について密かに音楽に埋め込んでいったのです(と思う)。

音楽における「定型」の問題についてまじめに取り組んだこと、表立って説明できない
思いを作品に埋め込んだこと、まるで、調性やソナタ形式によって交響曲や弦楽四重奏を
書きつつ、「証言」で解説されるようなソ連への感情を埋め込んでいった、
ショスタコヴィッチの先駆者のようではないか(と思う)。