ひと目で分かる作曲家の生涯

ピエタ養育院での日々

1703年:9月、ピエタ養育院のヴァイオリン教師に就任。
1709年:2月、ヴァイオリン教師の職を解任される。
1711年:  ヴァイオリン教師として再任される。協奏曲集《 調和の霊感 》出版。
1713年:  最初のオペラ《 離宮のオットー大帝 》出版。
1716年:3月、ヴァイオリン教師の職を解任される。5月、「合奏の教師」に任命される。
1723年   ピエタ養育院での常勤の職から解放される。
1723年〜1725年:ローマで自作オペラが3シーズン連続で成功を収める。
1738年:3月、ピエタ養育院との雇用関係が終わる。     

ヴェネツィアの養育院の入口は娼婦たちが赤ん坊を連れてきやすいように配慮されていました。
すなわち道路に面した外壁に、新生児がちょうど入れるようなくぼみが作られていたのです。
警備員が朝の巡回をすると、毎回、新しい赤ん坊が待っているといった具合でした。

つづいて、《 調和の霊感 》 第1番 です。