一部の古楽奏者を除いて、歴史的な妥当性とか確実性を強く求めている人ってそんなにいるのかな?

例えば、今って通奏低音にでっかいテオルボを何でもかんでも使う向きがあるけど、
室内楽では普通のリュートとか鍵盤楽器の方がよく使われていたようだし、
当時の音楽愛好家にとってはテオルボって扱い難く特殊な楽器だったと思うから、
そういうのを使うなんてそうそうないハズ。

多分これって、(当時は愛好家が)弾くというのと(今はプロが弾いて)聴かせるという要素の転換によるもんだと、
漏れは思ってる。
だから、歴史的には室内楽にまでテオルボを使うというのはどちらかと云うと特殊なケースなんだけど、
ここで歴史的妥当性を貫こうとすると、聴かせるという観点からは、
音が小さ過ぎて演奏効果が出し辛いし、そうなるとリュート奏者の仕事も減ってしまう。

そんな感じで、実用性との兼ね合い(せめぎ合い?)から歴史的な正しさをある程度おいて置く、
なんて事がままあるんじゃないかな・・・。

長文・乱文でスマソ