そうか。じゃあ広い意味の「思想」
ってことで考えたい。
何より音楽批評には思想がない。
あってもろくなものがない。
正直、東浩紀のギャルゲー批評の方が、
宇野功芳の音楽批評よりも言説的には高度だ。
もちろん、東の『動物化するポストモダン』は
トンデモ本に指定されてるし、柄谷はおろか、
ドゥルーズらポストモダンの数学的言説も
厳密な学としての数学としては
誤りを指摘されてる(ソーカル事件)。
ただし厳密な学としての数学と、
思想のパラフレーズとしての
擬似数学は分けて考えて、ポストモダン
の数学的言説の価値を条件付きで
認める立場もあるわけだ。