>>823
『検討』とは、『演奏を検討』ということだよ。
見る、見ないなんて次元の違うことだろう。

しかし、スダーンはいいこと言ってるのに、やることは違うんだね。

『南オランダでは、夏になると教会堂からイエスの像を外へ持ち
出し、旗を掲げては練り歩いたものです。「恵みをもたらし給え」と、
野に出て行くんですね。ブラスバンドがこれに伴うわけですが、私
も少年時代に演奏をしながら参加しましたから、あの足取りが身に
染みています。父が指揮をとって、いち・に、いち・に。あのテンポその
ものですよ、ここは。』
『この第8でいえば、たとえば終楽章の第3主題。私はこう弾かせますよ
(と歌いながら筆者のスコアに印を入れる。譜例参照。→は「いくぶん速めて」、
←は「いくぶん緩めて」を意味する)。』

上の文章は、ブルックナーの本質の1つを衝いたものには違いないが、
それは、トリオに当てはまることではなくて、フィナーレの第3主題
にこそ当てはまることだ。
それなのに、テンポを引き締めたり緩めたりするの?