上の方でバンスタVPOを貶した者です。
先日、カラヤン70年代を聴いて、バンスタVPOに対する印象を
改めました。
バンスタの録音は、キワモノ的なものを期待すると肩透かしを
食らいますが、音楽の本質であり核心的なものとして必要欠く
べからざる「生命」の充溢がそこにはあるのです。
カラヤンには、それがありません。
バンスタは音楽の本質の探究者のひとりであったと断言します。
カラヤンも、音楽の何かを探求していたには違いありませんが、
果たしてそれはどういう次元のものだったのでしょうか。