白人の真似ではなく日本独自のクラシック
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2009/08/04(火) 16:46:08ID:hr5aduhc>>173氏が述べておられる天正遣欧少年使節が、当時の西洋音楽と印刷機を
持ち帰ったので、慶長十年(1605年)長崎で「サカラメンタ提要」という典礼書が
出版され、その中に赤黒二色刷でグレゴリオ聖歌の旋律が印刷楽譜として、
記されており、当時の日本でグレゴリオ聖歌が歌われていた証拠であると皆川氏
は述べられている。また>>176氏が述べておられるように、長崎県生月島の隠れ
キリシタン達が歌っていたオラショ(祈り)も元はグレゴリオ聖歌であり、その姿
を留めていると皆川氏も述べている。しかし>>164氏が主張するように、その後の
日本音楽が西洋音楽の手法を使って作曲されてないことも事実である。したがって
室町時代後期にもたらされた西洋音楽が、その後、明治政府の成立とキリスト教禁令
の廃止そして学校制の施行による西洋音楽教育の大規模な導入まで、日本の音楽と
日本人の音楽的嗜好に大きな影響をもたらさなかったのは、歴史的な事実である。
実際、皆さん邦楽を聴いて、西洋音楽を感じますか?少なくとも私は感じません。
ですから16世紀後半の日本にもたらされた、西洋音楽の影響を過大評価するのは、
考えものだと私は思います。結局、限られた地方に本来の姿をかろうじて原型が
辿れるという形でしか残らなかったのですから。個人的には「本能寺の変」さえ
起こらなかったならばなあと思っていますが。
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