「代わり」って発想についていけない。
それが作品だから、まあ良いようなもんだが、
こいつらは人間についても、そのような発想をするんだろうか?
俺以外の人間は、皆代替可能だとね。

また、別の面で、
ドイツ音楽,独逸好きの発想はナチス的で怖いね。
中でも、「これだけでなければいけない」って考えは、
バックのみ、グルダのみとか、あるいはべトーベンのみとかの細道は
偏狭な独逸精神に単純な日本の純粋主義が混血された、
心の貧しさをかんじるね。頭の悪さがそうさせるのだろうか。
はっきり言って、すべて不寛容の精神って子供じみて嫌だね。

俺が唯一不寛容になるのは、不寛容な人間のその不寛容さに対してのみ。