音楽は相手に合わせて伝えるようなやり方をしてはいけない。
まずその楽曲があって、その真実を妥協なく求める。
じわじわ、もしくは直感的に受け手が無意識に感じ取れるようにしないといけない。

講義を受けたり、徒弟制度で技術を伝え受けたり、
本を読んだりすることはベートーヴェンを理解する上でマイナスの方が大きいと思う。

バックハウスの音楽もそうした伝統や文化とは反対なので、
多分師弟の伝承を極端に嫌ったはず。面倒だから教えなかったのではなく、
抽象は自己によってのみ獲得されるものであり、他人が教えることがきでないことを分かっていたのだろう。

ベートーヴェンも過去の模倣ではなく、理性による自然法則の抽象化により進歩性を獲得した。
他人に分かりやすい教師だったら、バッハやハイドンやモツの真似になっていた。実際そういう作曲家は腐るほどいただろう。

脳は脳を認識できるかという問題は、言語を中心にした問題である以上、具体の問題であって、真か偽かを問えない。
単なる哲学の問題、禅問答であって、実体はない。この命題はベートーヴェンのピアノソナタと関連しない。
科学は自然を抽出するための道具であり、この道具がないと人間は何もできない。
科学は道具の性能だから、全てができるわけではないし、別に意識・無意識を解明するためのものではない。
科学史などという訳の分からんこと言ってる連中はこの基本が分かっていない。
変な演奏家を持ち上げる評論家と一緒。本質を捻じ曲げることの名人で、
他人とのコミュニケーションは上手いかもしれないが、
絶対性を一般人に分かりやすく伝えるどころか、阻害要因になる。