796さんの誠意あるご指摘にはいずれゆっくりとレスさせて戴きます。
やや混乱(哲学の言語化に置ける問題点というのとはまったく異なる次元の軽い混乱ですが)があるようですので。

@演奏会では視覚、会場の雰囲気、移動等、様々な雑音に晒されます。こちらの心の状態とは無関係に、日時、曲も決められています。
音楽との「純粋な対峙」はまず不可能(例外は一つ二つありますが)です。
これは経験から得た結論です。
演奏会は最前列ヴィオラ寄りに陣取り内声部の快感を味わうか、中央部前列で音の質感チェックに撤するかのいずれかになります。

Aオペラとて「歌詞に音楽を付ける」。確かに…
「演歌」などその典型ですね。

私は演歌はめったに聴きませんが、イタリアオペラやワグナーの多数のCDが未聴になっていることも、その事と関係しているかもしれません。

私は音楽にドラマは聴きません。

モーツァルトに関してはいずれ触れたいとは思いますが、私はバッハに「数学の美」を感じます。
無伴奏ソナタ、フーガの技法…
私はドラマを感じたことはありません。

仕事の時間になりました。
また深夜にでも。