夫婦の絆をテーマにしたドラマで泣ける人というのはやはり既婚者が多いだろう。
逆に独身者はそういうドラマを見ても泣き所がいまいちピンと来ないのではないだろうか?
感動というものがそういう外からの刺激をきっかけとしてもともと自分の中にあった感情が
呼び起こされる現象であるとすると、自分のまったく経験したことのないテーマで感動することは
ほとんどないといえる。
パールマンは哀愁を帯びた演奏をするが、これは足が不自由であるという人生経験から生まれた悲しみが
音楽を通して表現されるためだろう。しかし大きな悲しみを感じたことのない人はパールマンの演奏から
ほとんど何も感じないかもしれない。(だれだって少しは悲しい経験はあるが、それならその程度しか
演奏から感じられない、ということである。)またルービンシュタインの愛情あふれる演奏は、彼の人間愛から
生まれたものと想像できる。(ルービンシュタインは9ヶ国語を話した。)これまた愛のない人生を送る人間が
聴いても何も感じられないだろう。現にハイフェッツはルービンシュタインの演奏を「抑揚をつけすぎだ」
と評しはしたが、「甘ったるい」とは言っていない。これはすなわちハイフェッツが「甘さ」を感じられなかった証拠だ。
(ハイフェッツは二度結婚し二度離婚している。)
さてハイフェッツの演奏はたびたび冷たい演奏だと酷評されるが、実際ハイフェッツの演奏の90%は「自信」から構成されている。
つまりハイフェッツをつまらないという人は自信のない人間ということになる。ハイフェッツがつまらないのではなく、
ハイフェッツをつまらないと言う人間がつまらないということだ。