>>280>>288
1886(明治19)年10月24日夜、
暴風雨の中を横浜から神戸に向かっていたイギリス汽船ノルマントン号が、紀伊半島沖合で沈没した。

30人の乗組員中、イギリス人船長以下ヨーロッパ人26名は救命ボートで脱出し救助されたが、インド人火夫や25名の日本人乗客は全員死亡した。

日本国内では、激しくこれを非難する声があがった。

領事裁判制度のため神戸のイギリス領事による海事審判が行われ、

イギリス船長らは「人命救助に努力したが、日本人乗客は英語がわからずボートに乗り移ろうとしなかった」と陳述し、過失責任なしと判定された。

これに対し日本国内の論争は沸騰し、日本政府はイギリス人船長を告発。

裁判はイギリスの横浜領事裁判所に移され、同年12月8日、職責怠慢で船長に禁固3か月の判決が下った。