確かに最初の数年は宇野の「独断と偏見に導かれて」進んだよ。
そこを土台にしつつ、時間の経過とともに自分なりの音楽感性を持てたことも確かだよ。

そもそも純粋に客観的なクラシック観などないのであって、こうした道筋を通るしかないんじゃない?