なんか、どう説明していいのか分かんないんだけど・・・。

俺が、グールド・ファンになった頃は、まだグールドが存命で「新ゴルドベルク」も
発売される前だった。
その頃のグールドは、今みたいに日本じゃあんまり人気がなくて、今以上に奇矯とか変人とかっていう
イメージが強く、それだけに隠れグールド・ファンは、何か自分が非凡で、他のクラオタとは一味違う
感性を持ってるっていうのかな、何か自分が「特別」な人間のように意識されて、それを「誇り」に思ってたんだよ。

当時俺の周りで人気のあったピアニストは、ポリーニ、アシュケナージ、アルゲリッチ、新進気鋭のツィメルマンとかで、
人に『グールドが一番好きだ!』と言うと、『ああ・・あの変わったピアニストね』とか、『気持ち悪い。お前変わってんな』
という返事が返ってきて、マンザラでもなかった。
世間のイメージとして「グールド = 風変わり」というのがあったから、その数少ないグールド・ファンも「変わっている」
って見られがちで、それが俺にとっては嬉しかった。
最初は、人と違うびっくりするような解釈でピアノを弾くのが痛快で面白く、好きになったんだが、
そのライフスタイルや、性格がまさに俺の価値観にぴったり当てはまって、『これって、俺じゃん!!』とまで思うようになり、
知らず知らずのうちに、その音楽だけじゃなく、ファッションとか、動作とか、雰囲気までも好きんなって、グールドを真似るようになった。
風説で、友達が少なかったとか、孤独を愛したか、一人っ子だったとか、身なりに無頓着で社会性が低かったとか、て聞くと、
ますます「俺にソックリじゃん!!」て思うようになって、ちょうど、尾崎豊や矢沢永吉のファンのようにいろいろ感化され、影響されて、
自分の中でグールドがカリスマ的な存在になっていった。