超亀レスなんだが。

プッチーニ「蝶々夫人」の銅鑼の事で、こいつはあれこれ噛み付いているが、
オペラや西洋音楽で使われる銅鑼の意味を全然分かっていないなw

銅鑼の音って、西洋音楽では「中国の音w」じゃなくて、「死の象徴」
「死の暗示」として使われる事が多いんだけどなぁ。

一番有名なのはチャイコの「悲愴」の銅鑼でしょう。
ワーグナー「神々の黄昏」では、あの長いオペラの中で、たった2発しか
銅鑼は出てこないんですよ。ヴァイオリンのパート譜は電話帳なのに、
銅鑼のパート譜はペラ紙1枚w。2発のうち1発はブリュンヒルデが
死ぬ所。もう1発はヴァルハラが燃えて神々が死ぬ辺り。
「カヴァレリア・ルスティカーナ」では、トゥーリッドが殺される場面。
R.シュトラウス「死と変容」だって、銅鑼が弱音で鳴るでしょ。

勿論、死の場面以外でも銅鑼は沢山使われるが、プッチーニが
蝶々夫人の自決の場面で銅鑼を使ったとしても、何ら違和感は無いわけで。
そもそも、プッチーニは日本に来た事がないのだから、想像だけで
あの音楽を書き上げている。お寺の鐘の音を正確に知らなくても、
仕方ないだろうに。故に、楽譜に銅鑼と書いてあるものを勝手にお寺の鐘に
置き換えるほうが、作曲者の意図を捻じ曲げているというべきだろう。

ブリュンヒルデが火に飛び込んだら、お寺の鐘をチーンと鳴らすのかねw