ハイドンって詰まんねくね?
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0467名無しの笛の踊り
2009/05/16(土) 08:52:31ID:iP2ZtN+H「ハイドンとアマデウス」、比較していいの。スレタイ読んだ?
「詰まらない」としたら、なぜ詰まらないか?その理由を解明するためにアマデウスと対比してるの。
はたまた「詰まらない」と感じるのは、俺たちの未熟さによるものなのか?
それをはっきりさせようとしているの。
あと、交響曲でアマデウスと比較するのが賢明なの。
ここはハイドンスレ。ハイドンと言えばまず交響曲。「詰まんない」としたら、交響曲が詰まんないの。
まさか、ベートーヴェンやブルックナーの交響曲と比較できる訳ないだろ?
ハイドンが交響曲1番を書き上げたのが27才頃(1759年)。アマデウスはわずか8才(1764年)。
二人はほぼ同時進行で交響曲を書き続けた。
だから言ってるのさ。『ハイドンの音楽』に何を聴くのか?ってね。
アマデウスはもうはっきりしてるんだよ。俺には。
ただ、俺の耳と心は…
K.183 K.201 K.504 K.543 K.550 K.551 にしか反応しないけどね。
いつか、モーツァルト交響曲全集スレで、「お前達、初期の交響曲なんぞ本気で聴いてるの?冗談だろ?」みたいな事言って総攻撃されたけど、俺は本気でそう言ったんだよ。
「ルチオ・シッラ(K.135)序曲」があれば初期の交響曲なんぞいらないってね。そこに「初期のアマデウスのエッセンスが詰まってる」ってね。
あと K.136 K.183 K.201 で、初期はもういらないとね。
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