ハイドンは、交響曲の父、と呼ばれている。
彼は、交響曲の形式を確立しただけではなく、その後の交響曲のあらゆる可能性、萌芽を104曲+αの中に閉じ込めた。

例えば、独創的と言われているチャイコの悲愴。
しかし、その第1楽章での突然のffffff フォルテッシモはハイドンの驚愕の第1楽章のパクリ。
第4楽章の静かに終わっていくところは、ハイドンの告別の第4楽章のパクリ。
というように、

パクリという表現が悪ければ、「そこから着想を得た」。
彼の後の作曲家の交響曲はハイドンのシンフォニーの変奏にしか過ぎない。
他の作曲家が意識したのか、意識しなかったなのかは別としても、交響曲という形式自体がハイドンのものなのである。

後の作曲家が「やった、独創的だ、俺の発明だ、免許取るぞ」
と思って申請に行ったとしても、その免許は既にハイドンが取っていたのだ。