いやあ、しかし、途中で紆余曲折はあるにしろ、ハイドンほど着々と確実に進化していった作曲家も珍しい。
晩年はかなり老齢になっただろうが、その作曲に退化、老化は見られずに、
まさに天衣無縫、自由闊達の神の領域に達した。

だから、交響曲でいうと、一番素晴らしいのは、最後の104番ロンドンの最終楽章。
ここでは、農民の素朴な舞踏を舞踏の神化にまで高めた。

ベートーヴェンの交響曲第7番のフィナーレはこれを参考にしたのではないか?
特に、低弦が、ブオー、ブオーとリズムを刻んでいく上に、全管弦楽が踊り狂って高揚していく様は、
絶対にベートーヴェンがパクった。

これは、モーツァルトのジュピターのフィナーレにも似て、決してひけを取らない、と思うのだが。