シューベルトの交響曲って「未完成」以外はハイドン的な古典形式の交響曲じゃん
「グレイト」もハイドン的な古典の形式を保ったまま肥大化させた感じだし
交響曲以外ではシューベルトは叙情性優位のロマン派だろうけど今は交響曲のことだけを語ってる

ベートーヴェンやマーラーは逆に交響曲の形式を積極的に壊していった