解釈には限界っつうもんがあると思う
各楽章に当たられた基本的な性格や速度表示
主部とトリオの性格の違いとか

今回の演奏の不快感は、そういうルールというか形式を破壊される不快感
そこまでする自由が演奏家にあるとは思えない

俺は聴きながら、爺さんのひとりよがりの詩吟を聴かされてる気分になった