和声は鍵盤楽器なら調律法によって異なってきて当たり前
鍵盤楽器を発想のツールとして使っている作曲家の他の作品もこれに準拠
時代地域によって違ってくるのが当然
「規格化」という産業革命以降の概念を昔の音楽にあてはめれば無理が出る

そう思ってしまう私はヘンタイ? 百合系?