やはりワーグナーの演劇的な面での枠組みが
19世紀前半までの写実主義的な装置や演出だったところがネックなんだろう。
そこにとんでもなく幻想的な神話と無限旋律をもちこんで
舞台のほうもこれまたとんでもなく写実主義的な再現を目指したんだから
無理なのは当然。
しかしこの強引なところがワーグナーの魅力だな。
最初から能舞台のようなものを目指していたら
音楽もぜんぜん違ったものになっていたのではないか。

>>432
たしかに写実を追及すれば映像以外にないが
映画と実演の組み合わせは実際にはかなり興ざめすると思う。

>>433
ラインの川底もワルハラの虹も牡羊もグラーネも鴉もファフナーも
ワーグナーは本当に本物を使いたかったんだと思うよ。
「俺が音楽でこれだけ進歩してるのに
舞台装置や演出技術はまだこれしきの再現もできないのか?
手前ら今までいったい何やってたんだよ。
ちったあ進歩しろよ低能ども」
って気分ではなかったかと。憶測だが。