確かに聴覚をほぼ失っていたと考えられるが、楽曲から、おそらく言語にかなり問題があったことが伺える。
通常の常識人にあれだけの楽曲は書けない。
おそらく友人と交友したり、文化的な活動はほとんどなかったものと考えられる。
超非常識人で人格も何もあったもんではなかったはずだ。
こういう状態で、ソナタにベートーヴェンの人格を考慮したり、ドイツやウィーンの文化を重ね合わせることは馬鹿げている。

耳が聞こえなくて言語も問題があったのにもかかわらず傑作うんぬん・・・ ではなくて、
耳が聞こえなくて言語に問題があったからこそ、後期に偉大な傑作を書くことができた。

理論で音を書くのではなく、感情をそのまま感じ、そのまま書くことができた。

これらは理性に基づいて考えれば容易に導かれる答え。
ハンクラの逸話にしても、どうして音楽じゃなく、文字や言葉の方を信じるのだろう。
言葉は曲解されたり捻じ曲げられて伝わることは、政治や芸能などのメディアを見てれば、分かりそうなもんだが。
たかが数年ですら増幅・矮小化されて伝わるのに、なぜ何百年前の誰かが言った云々のことを信じられるのだろう。