>べトが“ピアノ・ソナタ”にこだわったのは、
>彼の生きた<時代>と<地域文化>と(<階級>と)が、
>音楽の形式として、(広義の)ソナタ形式を重視したからに他ならないよ。

自由形式ではなくソナタを書いたのは、別に貴族や一般人民におもねったからではない。

自分の音楽性にどこまでも正直になった結果が32曲。
聞きやすくしたり綺麗に分かりやすくした音は一音もない。
無駄を排することで、真の普遍性・絶対性を獲得した。

形式は抽象性を出すための必然の様式。主観を排除するために必要。

当然、演奏する際も同じように自分の音楽性に忠実に弾かなければいけない。
演繹・帰納というレスがあったようだが、その人は相当な理解力がある。