今回も聞きにいったけど、以前(と言っても80年代)ほど形にはこだわらなく
なってきていると思った。音響のマジック的テクニックで、立体的に聞かせる、
そのために生じる特有のアゴーギグで音楽を崩壊や停滞させないための形式に
頼った部分が、かなりなくなってきている。
それを、エッジや音量が乏しくなった、左手の回り方が迫力を失った、などと
いう衰えになぞらえて負の面で捉えるか、それとも以前ほど形に頼る必要がな
い、ポリーニの平明な歌へと進化したと捉えるかは好きずきでしょう。
交通事故の影響があった頃は、演奏会ではそれこそ並み以下の音大生レベルの
悲惨な時もあったし、その衝撃が「衰えた」と嘆かせたんでしょうが、純粋な
技巧面での衰えも、むしろましな方なのは間違いないです。あの年であれだけ
弾ける人、他にいますか?
今でも本気で集中すれば、非常に高いレベルにあるのは確かだろうと思います。
あまり細部にこだわらず感情の表現を大事にして早くしたり、遅くしたりして
いるし、ペダリングどはかつての明瞭さはないですが、その分音楽の全体構造
の大きさは失わずにしっかり唄っていましたよね。マズルカがなかなか良かっ
たです。ジモティーの土臭さはないわけですが、イタリアっぽい明るい豊饒さ
というか。