感覚的にやってることを交通整理したという意味ではフックスやツァルリーノの16世紀対位法、ラモーの17世紀和声論とやってることはなんら変わらない。
普通セットセオリーだけを特別視なんてしない。
ここの否定派はやけにセットセオリーを何か特別な理論に仕立て上げようとしているようだけど、20世紀の様式のまとめに過ぎない。

結局音楽理論てその時代時代で使われた音の組み合わせの規則性を統計的にまとめてるだけだから。
理論ありきで、音楽は理論にそって作るものだと思ってる作曲家がいるとしたら、早急に考えを改めるべきだ。