3度和声という言葉は、言いたいことは分からないでもないが、
やはり適切ではないと思う。一般的な概念ではないし、普通和声は3和音で
成り立つ。4度和声とかいうときはむしろ「和声」を特殊に解釈している。

グレゴリアンは単旋聖歌で当然伴奏はつかないが、
グリーンスリーブスのような世俗音楽は伴奏が前提となることがほとんどだ。
よくコンテキストをつかんでほしい。

調性感は、そういう長い構造で考えられるべきというのは自分も同じ考えだ。
だからこそ、敢えてノートルダムミサと書いた。これは古すぎたが、それじゃ
ラッススやパレストリーナあたりのモテットはどうする?

> 調性感がある時点でモーダルじゃなくてトーナルって言うだろ
いつもそうとは限らないのではないか。たとえばバッハのコラール225番
(ブライトコプフ版)Kyrie, Gott Vater in Ewigkeitは、何とする?