「ばらの騎士」(どうでもいいですが「薔薇の騎士」という表記は角張ってて好きになれません、「蜘蛛の饗宴」も同様)
の、作曲者自身のワルツ・ポプリはどうしてあまり演奏されないんでしょうか?
昔の指揮者はみんな自分で書いちゃうし、最近の指揮者はロジンスキ編の組曲ばっかりやるし
(あれは名編曲だと思いますが)。この正当性重視のご時勢になぜ?