>テクニックは隙がないが、諏訪内自身の中の音楽性が感じられない。

え?あそこから音楽性が見えないの?ちょっと信じられないが。

>桶とソリストとの丁々発止の火花散るやりとりは残念ながら感じられなかった。

そういうのに飽き飽きしてるんだろ。シベリウスの音楽性はそういう対立した関係はないはず。
背景色としての意味合いが強いし、アシュケナージの解釈は正しいと思う。
確かに書法が優れていてよく響くように書かれているが、陰の部分がいかに描かれるか
が勝負どころなはず。そういうソロだった。舞踊の3楽章にしても飛び跳ねるだけの音楽とは
思えないし、素晴らしい解釈だったと思う。なかなかあれだけの質の音楽はないよ。