>>652
概ねあなたのおっしゃるとおりだと思います。
何故概ねかはあとで書きます。

私はクラシック音楽を演奏するという行為は、作曲者と演奏者との共同作業だと思っています。
共同作業を円滑に行うためには、作曲者(といっても相手は譜面ですが)と、セッション(会話)が
出来なくてはいけない。そのためには、その時代の様式美を学ぶ必要もあるでしょう。
また、共同作業というからには、演奏家の表現、意図も加味すべきです。
これは、作曲者(単なる譜面であっても)が演奏者に対して尊重しなければならないこと、
つまり裏表の関係なのです。

ところで、何故演奏者は作曲者の意図やその時代の様式美を尊重しなければいけないのか?
作曲者は演奏者にこう弾いてもらいたいと、指示を楽譜に書き込んでいるわけですが、その先には
聴衆にこういう風に聴いてもらいたい、俺が聴いてほしいのはこれなんだという、
聴衆に対するメッセージがあるはずです。
時代の様式美も同じです。
様式を尊重して演奏する必要性とは、その時代なりのスタイルで音楽の喜びを聴衆に伝えるということでしょう。

演奏者にも、それは求められます。
われわれアマチュアにとって、人前で演奏する機会はわずかです。しかし、巧くなりたいがために
努力するその先には、聴いてもらいたい、感動を分かち合いたい。こういう欲求があるはずです。

つまり、演奏者にとって、演奏するという行為は、聴衆(たとえそれが仮想のものだとしても)との
共同作業でもあるのです。