第一楽章の冒頭。こんなに緊張感が溢れる導入を聞いたことがない。
オーマンディが作り出した音ではなく、各自のパート音、一音一音まで把握していたホロヴィッツの
存在そのものがNYPにとって恐ろしく、それが緊張感を醸し出すことになったんだろう。
第一楽章の冒頭がすばらしいといえるのは他にはムーティー・ガヴ盤位か。

ピアノの音もキラキラしてる。ヒステリックな音で技術の衰えを隠そうとしているとは到底思えない。
カデンツァもそれ自体に"終曲感”があるとの理由でossiaは採用せず、オリジナルで引き進めているが
確かにスムーズにソロからオケへの移行ができてると感じた。タメをはれるのはワイセンベルクの旧録音か。

第二楽章、6分〜をぜひ聞いてほしい。この部分はホロヴィッツ以外はありえないと惚れ込んでいる。
情熱的な低音がすばらしい。毛色が違うという意味ではケルダー、バルトもいいけどホロヴィッツのまえでは
やはり霞んでしまう気がする。

第三楽章、ホロヴィッツ以外がやったら確実に叩かれてたとおもわれる様々な改変が冒頭からある。
特に好きな部分は10分10秒あたりの低音。オケと見事に調和している。聞いてみたけど同じことをしてるピアニストはいなかった。
最後のオクターブ下降は同年のフィラ管との競演の方が好きだけど凄いことには違いない。
全てを振りきるような力強い打鍵の嵐で幕を閉じ、怒号の歓声。

こんなに素晴らしい演奏はないと思ってる。爺が演奏してる、編集しまくってる、音をごまかしてる・・・毀誉褒貶激しいけど
一番好きな三番だ。ホロ78、ブロンフマン&カッパ、ワイセン&ホモのライブ盤のような力強い演奏をしてくれるピアニストが
ホントに少なくなったのは悲しい。