東京ニューシティ管弦楽団
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0515名無しの笛の踊り
2009/08/14(金) 00:14:39ID:me2dd6tG>音楽は「根幹+好きかってに弾いていい部分」があるのは周知の事実。
>(また音楽は人間が演奏するかぎり、ある意味そうなるのは避けられない。)
この主張はいったん受け入れましょう。かなり乱暴な分類ですが。
>ヴィブラートをかけなければ、音色や表現上 「何か」はできるはずだ。
>このオケが、この方法で「理想の音楽(響き)」を求め、どのくらいまで表現できるものか
>挑戦することは、なにも音楽の本質上の批判にはあたらない。
それもその通りですね。理想の音楽を求めるための挑戦は誰にでも可能です。
しかし、ここでかわされている議論というのはそもそも、
内藤さんという指揮者がつい最近になって「ヴィブラートをかけた演奏は『間違っている』」と言い出し、
「自分たちの方法こそ正しい」と主張しはじめたことが発端ではなかったのですか?
そして実際には、かなりお粗末な自称「ピリオド奏法」にすぎない演奏が評論家の批判を浴びました。
>「理想の音楽(響き)」を求め、どのくらいまで表現できるものか挑戦する
この「どのくらいまで表現できるものか挑戦する」というにふさわしい中身がないと判断されたのです。
並みいる古楽出身の指揮者たちは、古楽器と格闘しながら独自の方法を長年かかって開発してきました。
それは単にヴィブラートを全廃したり弦楽器の右手の奏法を若干いじる程度のものではありません。
もっとオーケストラの機能全般に細かなアイデアが満載された高度なノウハウなのですよ。
大体、そういう先輩たちの功績があったからこそピリオド奏法という考え方が現在あるのに、
彼らをオタクと斬り捨て、自分の浅はかな方法に執着して批判を一切受けつけないスタンスが笑われているのです。
「根幹」と「好き勝手(!?)」な部分の、どこまでを「根幹」と考えるかはまさにその音楽家の良心を表すもの。
音楽家なら屁理屈ばかりこねていないで、批評家を音楽そのものでうならせ、感動させてほしいものです。
言いわけばかりしている姿は本当に見苦しく、結果としてこの楽団の評価も下げていると思います。
H.Hさんも真の支持者なら建設的な方向に進まれてはいかがですか。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています