>>476
一流演奏家が出ないのは正に「そこ」にあるのかも知れないよなぁ〜。
日本の音楽は特にクラシックは受容の早い段階から教育に組み込まれて、演奏家や音楽家の
育成も学制の体系の中で行われた事で、「音楽」=学校で学ぶもの、「演奏家・音楽家」=専門の学校を
出たものがなる職業、みたいな認識ができちゃった気がするのね。
で、一部に例外があるものの、その体系に入れなかったもの、入ったけどドロップアウトしたものは
日本国内にいる限り、何となく「音楽」、特に「教育色」の強い(=学校に依存した)クラシックからは疎遠に
なっちゃう、もう少し強く言うと「疎外」されちゃう気風とか雰囲気が出来上がっちゃった気がする。
特にドロップアウトしちゃった場合は、日本の教育体制では「やり直す」事すら出来ない。
結局、日本の場合、学校(学制)から離れたところではとうとう「アマチュア」の発生がなかったというのも
結構重いのかもしれない。
語弊もあろうが、クラシック音楽後進国だったロシアの場合、クラシック音楽の勃興期に活躍していた
五人組が、ほとんどがさほどの専門教育も受けてない、本業が別にある「アマチュア」集団(アマチュア
ということならアメリカのフォスターなんかもその範疇かな?)だったのに対して、日本の滝廉太郎、
山田耕作なんて勃興期に活躍した面々のほとんどが例外なく官営の音楽学校を出身した「専門家」
だったってのも象徴的だな。