それでいいような、微妙に違うような

シューベルトが19世紀中に現役の作曲家に対して与えた影響は
過大評価してはいけないと思う。たとえば未完成交響曲の初演は1865年でしょう。
ブラームスもドヴォルザークも、それまでグレートしか知らずに
シューベルトの「影響」を受けてきたわけだ。
とくに室内楽は最後のピアノ三重奏を除いたら、どれくらいポピュラーだったか
怪しい。真剣に器楽曲でシューベルトの後継者を目指した人は、
ブルックナーくらいまで待たないといなかったのではないか。
ブラームスにしてもドヴォルザークにしても、目の前の先輩は
1にメンデルスゾーン、2にシューマンだと思われる。

メンデルスゾーンこそ、ロマン派の時代にベートーヴェン的な「構成」を
持った交響曲を作る模範を示した人であって、シューマンの評論を見ると
同時代人が(「真夏の夜の夢」や「フィンガル」路線で標題音楽にまい進して
終わるかと思われた)メンデルスゾーンの交響曲をいかに待ち望んでいたかがわかる。
スコットランドがあったからこそ、ドヴォはスメタナの標題音楽路線だけでなく
交響曲や弦楽四重奏を目指した。だから、「構成美」系の人としても
メンデルスゾーンは本流にいると思う。

もちろん、それより前にはベートーヴェンがいて、それより以前は
観念上の存在としてバッハ。逆に1830-40年に生まれた人達は、
一番ハイドンやモーツアルトなどウィーン古典派(ベトは除外)の影響が
少ない時代なんじゃないかな。ウィーン古典派よりも、
ウェーバー、モシェレス、フンメル、シュポアなどの初期ロマン派の
影響の方がはるかに大きいと思う。

やはり、音楽史にきちんとメンデルスゾーンを据えておかないと、
19世紀後半の音楽を理解できなくなると思う。