【鉄ヲタ】ドヴォルザークをしみじみ語るスレ 9
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0818名無しの笛の踊り
2009/07/07(火) 01:26:20ID:qf33Qwxqこれだってディートリッヒやスタンフォード、そしてドヴォコンそのものから
影響を受けたと考える方が自然だろう。なんでわざわざ50年以上前のシューマンの曲を
持ってくるんだよwドヴォコンが初演されたのはロンドンだというのに。
それから2楽章のスケルツォ風の楽章のどこがシューマンなんだ?
当時の演奏事情を普通に考えたらクレンゲルの4番を想定すべきだろうが。
もっというと1楽章の暗い重厚な感じから2楽章のスケルツォの流れからいったら、
全体的に近いのはラロだろうが。シューマン以降の音楽史に何もないかのような
無知っぷりだな。無知はお前であって、エルガーじゃない。
で、当時もっとも成功していたチェロの協奏的作品は間違いなくドヴォコンなんだよ。
細かいところ挙げればキリがないが、エルガーの2楽章の17小節からのフレーズは
ドヴォコンの1楽章の110小節からだし、40小節からのソロ→テュッティの
同じフレーズの掛け合いは、シューマンにはなくてドヴォコンには
頻出するものだ。あと、ピッチカートも含めた効果的な重音の使用。
まあ、シューマンにはエルガーにおけるサモンドのような良いアドヴァイザーが
居なかったから仕方がないが、当然ながらエルガーは三重、四重の重音を速い
フレーズの中でも多用している。シューマンは原則二重(終楽章カデンツァで少々)なのだが。
もっとも、これらの技法は19世紀前半のロンベルクで既に出尽くしている。
もっとも重要な貢献は、ドヴォコン→エルガーとチェロ協奏曲というジャンルが
成功した(ブラームスが書けなかったことを思い出すがよい)ことにより、
イギリスに、ディーリアス、ブリッジ、フィンジ、ウォルトン、ブリテンと
連なる名作群が残されたことだ。20世紀のチェロ協奏曲は、主にイギリスと
ロシア(ソ連)で書かれて、ロシアの協奏曲の伝統はダヴィドフやフィッツェンハーゲンと
チャイコフスキーからはじまることを考えると、
もう片方の伝統の源流に(スタンフォードやハーバートがあったとしても)
ドヴォコンがある、と言っても良い。
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