村治さんの指の問題もあるけど、そこだけに帰することの出来ない問題もありますよね。
原曲はコラールだから、合唱と器楽が二手に分かれた上で、それぞれ相手に呼びかけながら曲が進行する。
合唱の主旋律はすこぶる単純です。対旋律も複雑じゃない。
オルガン演奏だと、レバー操作で、その問題をクリアできます。
だけどこのギター編曲だと、それぞれのパートをそのまま交互に順番になぞっていくだけなので、全体がひどく平板になっちゃうのです。
そこは演奏者が、アゴーギクなりディナミークを工夫することでどうにか変化を付けられないのかとも
私は考えたりもするのです。

もっとも−−
村治さんの芸風が、そうではない“癒し系のバッハ”やジャンルとしての“ライトクラシック”を目指すものだとすれば、
なにもいじらず、>>401のスタジオパークのような演奏で充分なのかもしれません。