そう言えばヴラニツキーの弟のほう(アントン。1761-1820)も
ハイドンに師事してますね。ノイコムやヴィーンの宮廷楽長アイプラーは
ハイドン家の親戚でもあるし。
ギロヴェッツ、ザロモン、クラーマー(父)、ピアノのデュセック、
Vnのヴィオッティ…
旅行殆どしない割にはハイドンの交友録もなかなかのもの。
でも、英国の新聞でのハイドンの名の初出は1765年なのに、
ヴィーンの名誉市民にしてもらえたのが漸く晩年の1804年というのが
かなりチグハグな感じがする。