フリッチャイの色彩感あふれる表情豊かな悲愴を聴いたら、弦のアンサンブルには異常に拘るが、表現力に乏しく金管の汚さが全てを台無しにするムラの悲愴はとても聴いていられない。

音楽鑑賞は主観なので通常は異論は大いに認めるが、ムラに対する著しい過大評価による被害者をこれ以上増やさないためにも、これだけは異論は認めない。