モーツァルトの時代はレチタティーヴォはセッコとアコンパニャートに
明確に分かれていたけど(コシあたりで曖昧になってくるが)、
それ以降はセッコがなくなってすべてアコンパニャート(オケの伴奏付き)に
変わるから、アリアとの境目がはっきりしなくなるよね。
だからどうしてもほぼ全部を歌部分として訳出せざるを得なくなる、
という面もあるのかと思う。