唖蝉坊の録音は残念ながら残っていない。
>>54の歌詞は添田唖蝉坊の息子の造語で、自分食べたいものを並べて作った歌詞。原曲は「マーチング・スルー・ジョージア」という行進曲です。
因みにヴァイオリン演歌の系譜で最も古い録音は東京の神長瞭月、大阪の秋山楓谷夫妻あたり。>>52のいう通り、流派や演者によって同じ曲でも自由に歌詞やメロディーを改変して歌っていた。
だから、たとえば「どこまでも節」などでも何種類ものバージョンがある。

明治末期から大正にかけてインテリ層の青年男女の馬でヴァイオリンを習得することが流行ったんだ。
町にヴァイオリンの個人教室がいくつもできて、たまに合奏会を行なった。
その需要から鈴木ヴァイオリンが飛躍的に生産数を伸ばして、大正期にはドイツ製の安価なマルクノキュイヒェン製楽器を駆逐してしまった。
>>40のいう戦後につながっている、というのはその流れのことだね。

ちなみに自分>>35=37。長文すまん。