ベトソナは演奏しないと意味をなさない。
肉体と精神の一体化した感情をもつ人間からしか音は出ない。
ベトやバッハ、ショパンの一部のピアノ曲は絶対音楽であり、
旋律や和声、リズムはあくまでもパーツ。
全体の構成、その曲から何を感じるか、何を作り上げるかが大事。
 永遠性、絶対性を求めることでしか伝わらない。
運慶も漱石も、歴史・時間の縛りから開放されることはないが、
ベトソナは文化はもちろん、これらに囚われずに、人間の心を忠実に書き表したもの。
先入観や思い込みが全てを駄目にする。自分の音楽性に忠実に弾くしかない。