フルトヴェングラーからの影響、これは20世紀生まれの指揮者の多くが
口にしている。フルトヴェングラーは単に評論家が言うような意味での精神性
だけじゃなく、専門家も認める独自の表現を実現していたということだな。

これに比べてカラヤンはどうだろう。大要「カラヤンの世話になりました」
ということを言う音楽家は多いけど、カラヤンから内的影響を受けたことを
告白する人はほとんどいないのではないだろうか。最近はDVDの特典映像等で
この手のことを語るインタビューも多く見られるが、そういう告白は寡聞にして知らない。

歯に衣着せずに言うと、カラヤンはやはり芸術家としては二流なのだ。
むろんそれが音楽業界への膨大な影響力を否定することにはならないが。