二流指揮者カラヤンを今こそきちっと葬るスレ
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0080Klaus Schlegel User
2008/06/21(土) 20:45:46ID:EW/vXnQSフルトヴェングラーが君臨した当時のベルリンフィルハーモニー管弦楽団のメンバー達は、
当時最高の人気を誇っていたフルトヴェングラーの演奏解釈と指揮に魅了されていたようだ。
その当時、彼の「人柄」が多くのメンバーや聴衆に愛されていたことを示す証言があり、
彼のために(!)一所懸命に演奏することで、演奏者達自身が恍惚感を味わっていたらしい。
彼の演奏解釈が、当時の独墺系人民の(やや観念的な)思想的背景に親和性があったことと、
それに容易に共感する傾向にある日本人の国民性が「精神性」云々を持ち出したふしがある。
個人的な話で恐縮だが、当時フルトヴェングラーの下で演奏経験のある独人Violinistに、
若い頃しばらく師事したことがあり、(ご存命で)現在でも交流があるが、彼が言うには、
フルトヴェングラーの演奏解釈は、今では古風で現代に通用する演奏とはいい難いものの、
愛すべき「人柄」で人気があったそうだ。残念ながら「精神性」については言及が無かった。
実は、フルトヴェングラーに対する評価も「流行」と「人気」とは無縁ではないと思われる。
ベルリンフィルの古いメンバーで、反カラヤン(親フルトヴェングラー)の打楽器奏者が、
フルトヴェングラーを神格化し、カラヤンを貶めている証言があるが、宗教的(カルト)だ。
作曲家、作品、聴衆、あるいは音楽そのものとも、全く無関係な対立軸を生み出している。
これは非生産的な人格論争であり、純粋な音楽愛好者が首を突っ込んでも、得るものはない。
(続く)
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