二流指揮者カラヤンを今こそきちっと葬るスレ
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0738Klaus Schlegel User ◆S4xID5L652
2008/07/06(日) 21:11:14ID:xfzejA2r>>729
カラヤンの演奏についての記事に「非常に納得した」とのことですが、
ある評論家がそういう印象を持ち貴殿がそう感じたのは事実でしょう。
私自身も似たような印象を持つ演奏がいくつかありお気持ち察します。
しかし問題はその「活き活きと弾まぬリズム」という表現の誘導性です。
リズムを重視すればその分犠牲になる表現があり一挙両得とはいかない。
ある作品の音楽的要素のどこに光を当てるのか、何をどう表現するのか。
ある指揮者がある作品で再現しようとした表現が指揮者の「欠点」とされ、
一部の聴衆の批判の対象になることについて、大抵の指揮者は自覚的です。
ましてや晩年のカラヤンなどは、自身の過去の録音をよく聴き直しており、
新しく録音を残す場合、その反省をもとに演奏を組み立てなおしています。
「どんくさい」音楽に「なってしまった」のではなく「している」のです。
それをどう受け取るか。だからダメだという受け取り方もあって当然です。
何を隠そうカラヤンは「どんくさくない」演奏も沢山残しているわけです。
それを「表面的に磨き上げた」「ただ綺麗な」演奏と批判するのも簡単です。
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