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カラヤンの演奏に対するアプローチについて、未だに誤解が解けていないのが残念です。

カラヤンは譜面を「美しく」「完璧に」鳴らすことを目指しているわけではありません。
「美しく」「完璧に」鳴らせるのはベルリンフィルハーモニー管弦楽団の演奏技術です。

カラヤンが心がけていたことは「自発的に何かをしようとしているものの邪魔をしない」
ことであって、限りなく自然で躍動感あふれる演奏でありながら名人芸的であるという、
余人の及ぶところではない結果をもたらしているだけなのです。まさに「職人的」です。

その「職人的」完成度の高さを「人工的」と呼ぶのは芸術というものに対する侮辱です。

見事な「職人技」によって精妙にカットされたダイアモンドをみて「人工的」と批判し、
「ダイアモンドは原石に限る」と言って、ゴツゴツした岩を眺めて悦に浸るのに等しい。

「クラシック」や「精神性」を語る前に「芸術」についてもう少し真剣に学んでください。