私はクラシック音楽の演奏家というのは、いうなれば環境だと思っている。

大作曲家たちの楽曲は色々な花の種子だ。

人を愛し、音楽を愛し、そしてそれらに対し誠実である演奏家ならば
草原の花畑のような音楽を奏でるであろう。

人に厳しく、自分にはより厳しく、音楽に対し精進することに徹している演奏家ならば、高峰の過酷な自然に耐えながら小さくも美しい花を咲かせる高山植物のような音楽を奏でるだろう。

しかし、不勉強で怠惰で、他人にはきつく自分には甘い人ならば、
美しい花を咲かせることはかなうまい。

カラヤンの場合は、荒野や砂漠という印象は受けない。
むしろ花が咲き乱れている。が・・・

サボテンも生えない荒野に巨大なドーム型プラントを建設し、
そこに豊かな土壌を運び込み、人工的にパイプで水を送ってきて花々で埋め尽くしている・・・・・・

という違和感バリバリの印象なのだ。