精神性ってなに?
当たり前のように「精神性」を文章の上で連呼している当人でさえ、
きちんと説明できる上で使っているのではない例が多いのではないだろうか。

しかし、分かったつもりではあるのだ。
分かったつもりなのに安易に「精神性」という語句を使ってしまう。
言い換えれば安易に分かったつもりになるという錯誤を犯すのは、
精神性というのは目に見えない、表面には表れないからだ。
逆説的に言えば、表面には出てこないもの=精神性とも言えるかもしれない。

精神性の対義語として便宜上「表象性」という言葉を用いさせてもらう。

表象性とは作品や演奏そのもの自体が鑑賞者に関係なく伝えてくる情報だ。
つまり、明るい色、絶妙な明暗のコントラスト、美しい音、精緻なアンサンブル・・・

それに対し、精神性はそのままでは存在がつかめない。
その存在証明は鑑賞者自身の側から作品や演奏に問いかけ、求めることによって得られる。
つまり、鑑賞者がより深いものを、作品や演奏に求めれば、それにどれだけ応えてくれるのか・・・
というのが精神性なのだ。

その問いかけは必ずしも意識的なものとは限らない。むしろ無意識のうちに行われる。
「音楽を聞いて感動を得たい」「音楽に求めるもの=時間の質を変える感動」
音楽を聞くことに悦びを見いだす思いが自然に音楽に対する聞き手からのアプローチを生むのだ。